高齢者の7割が運転免許の自主返納をしないワケ

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高齢者の7割が運転免許の自主返納をしないワケ

警察庁アンケートによると、高齢ドライバーの約7割は運転免許の自主返納を考えていない。大阪大学の佐藤眞一名誉教授は「高齢になると自己効力感(自分の考えたことが思い通りになる感覚)を感じづらくなる。車を運転することは、自己効力感を感じられる数少ない機会なので、返納が進まない」という――。(第2回)

※本稿は、佐藤眞一『あなたのまわりの「高齢さん」の本』(主婦と生活社)の一部を再編集したものです。

■なぜ高齢ドライバーは免許を返したがらないのか

周囲が止めても「まだまだ自分は大丈夫」だと運転をやめない高齢さんがいます。本人は体の衰えをどう感じているのでしょうか。免許返納を受け入れてもらうには?

昨今、高齢ドライバー交通事故の多さが問題になっていますが、なぜ事故が増え続けているのでしょうか。それは高齢ドライバーが自分の運転能力の低下に気づかずに運転をしていることにあります。

免許証更新の際に、70歳以上の高齢ドライバーには高齢者講習、75歳以上には認知機能検査が義務づけられています。これらは運転能力の適応を判断するのと同時に、高齢ドライバーに自分の身体能力の低下を認識してもらう意味もあるのです。その一方では、高齢ドライバーは自分の危うさがわからずに、「自分はまだ運転ができる」「自分は運転が上手で無事故無違反の優良ドライバーだ」「自分は有能だ」という自己認識を持っています。自分のことを客観的に見られずに、自分で自分を高く認識してしまう有能感が強いのです。

私たちは車を運転しているとき、「カーブを曲がるときはハンドルを左に30度回す」とか、「曲がる前に少しだけブレーキを軽く踏む」などと考えながら行なっているわけではありません。これは車の運転自体が、運動技能の基となる手続き記憶によるものだからです。

■運転の仕方を忘れているのではなく、神経伝達速度が低下している

手続き記憶とは、自分の中の無意識な潜在記憶のことで、一度身についたら忘れることはありません。いわゆる“体が覚えている”というやつです。

私たちは困難な作業や新しい課題を行なっているとき、それに対応しようと脳は活発に活動します。そして、同じ作業を繰り返すうちに、効率のよい作業の方法を脳が蓄積します。こうした蓄積が十数年も続くことで、その道のエキスパートと呼ばれるようになっていきます。

例えば、伝統芸能の師匠や熟練した職人は、高齢でも専門性の高い作業を繰り返し行なっています。これはいままでに経験したことが現在の行動に影響を与える、熟達化によるもの。高齢になっても、これまでに蓄積された経験があるため、専門知識に素早くアクセスして利用する力が低下していないことを示しています。車の運転でいえば、タクシーの運転手なども十分な経験による熟達化を仕事に生かしているといえるでしょう。

高齢さんの交通事故は、車の運転を忘れるというような記憶に関することよりも、多くは加齢とともに認知能力の分配や瞬時の判断速度が低下していることが原因です。また、最近の研究では、脳の白質病変によって神経伝達速度の低下が起き、交差点などでの突発的な場面に瞬時に反応することが遅れると考えられています(本人も周囲も自覚のないことが多く、また、認知能力も正常なことが多い)。

年を取ると情報処理のスピードが落ちてきて、一定の時間で処理できる情報の量が減ってしまいます。そのため、さまざまな情報処理を同時進行で行わなければならない運転では、歩行者に気を配ったり、ほかの車に注意を向けたりする余裕がなくなり、交通事故につながってしまうのです。

■高齢運転者による死亡事故でもっとも多い原因が「操作不適」

警察庁の「令和元年における交通死亡事故の発生状況等について」の統計によると、2019年に発生した75歳以上の高齢運転者による死亡事故は358件で、その原因に一番多いのが「操作不適(ハンドルの操作不適、ブレーキアクセルの踏み間違いを含む)」の30%。2番目に多いのが「安全不確認」と「内在的前方不注意(漫然運転等)」でそれぞれ19%。「外在的前方不注意(脇見等)」が10%、「判断の誤り」が7%の順になっていました。

この結果から、一番多い「操作不適」は、ハンドル操作やブレーキアクセルの踏み間違いによるもので、75歳以上になると認知能力の分配や瞬時の判断速度が低下していることがわかります

■高齢者が運転をやめられないのは「自己効力感」が関係している

それでも高齢さんが運転をやめないのには自己効力感(自分の考えたことが思い通りになる感覚)が関係しています。最近は日常のいたるところでIT化が進み、普段の暮らしの中で、高齢さんが自己効力感を覚える場面が減っています。

毎日、外出のついでに買い物を楽しみにしている高齢さんも多いと思いますが、コロナ禍以降、お客が自分で操作するセルフレジを導入する店舗が増え、これをうまく操作できない高齢さんが、店員を呼ぶ事態も増えています。

高齢になると体力が落ちて、外出するのもひと苦労です。電車に乗るにしても、自動券売機や自動改札機など、使い方がわからず駅員に聞かなければならないこともあります。その点、移動手段に車を使えば自分の思い通りに運転できて、どこへでも行けます。車を運転することは、自己効力感を感じられる数少ない機会なのです。

そのほかに、自動車は人のサードプレイス、つまり、自宅や職場ではない居心地のいい場所でもある、ということも影響しています(メーカーもそれを念頭に開発しています)。

■本人を責めるのではなく、趣味などを持たせてあげることが重要

警察庁の「運転免許証の自主返納に関するアンケート調査結果」によると、2015年10月5日11月30日に全国で運転免許証を更新した75歳以上の1494人のうち、「自主返納しようと思ったことはない」という人は67.3%を占めていて、おおよそ70%の高齢さんは免許証の返納を考えていないことがわかりました。自己効力感を手放すということが、高齢さんにとっていかに抵抗感のあることなのかがわかります

それを踏まえたうえで、「やはり運転は危険だ」「自分の親に運転をやめてほしい」と思うなら、例えば家の壁に車をこすってしまったなど、本人が運転に不安を感じた機会を利用するなどして、家族で話し合うのが効果的です。

ただし、その際に家族は本人を責めたり、能力の低下を認めさせるような言動をしたりすることは慎むこと。大切なのは本人が「運転をやめよう」「運転はもうしなくてもいいかな」と自発的に運転をやめる方向に話をもっていくことです。運転をやめる代わりに趣味や自治会の活動、ボランティアなど、本人の興味を引く活動があれば、それらに「自己効力感」を持つことができるよう、その活動にうまく導いてあげましょう。

また、運転をしなくても移動のときに不自由しないように、移動手段についても家族で話し合いながら、運転免許証返納の仕方を考えるのもひとつの手です。

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佐藤 眞一さとう・しんいち)
大阪大学名誉教授
1956年東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程心理学専攻単位取得満期退学。博士(医学)。財団法人東京都老人総合研究所研究員、明治学院大学文学部助教授、同心理学部教授などを経て大阪大学大学院人間科学研究科臨床死生学・老年行動学研究分野教授。2022年に定年退職。現在、社会福祉法人大阪府社会福祉事業団特別顧問。主な著書に『心理老年学と臨床死生学』(編著、ミネルヴァ書房)、『よくわかる高齢者心理学』(共編著、ミネルヴァ書房)、『認知症の人の心の中はどうなっているのか?』(光文社新書)、『マンガ認知症』(共著、ちくま新書)、『あなたのまわりの「高齢さん」の本』(主婦と生活社)などがある。

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※写真はイメージです – 写真=iStock.com/GCShutter

(出典 news.nicovideo.jp)

高齢の親を持つ身としてはやっぱり心配ですね。
どうやって説得すべきか…
教習所の高齢者免許制度を確立してもらえると良いかなぁ。

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