ゼレンスキー大統領の演説が「ドイツに厳しくポーランドに優しかった」理由

圧倒的な戦力の差を覆すには、世界を巻き込むほかに方法はない……。そんな悲壮な思いから発した指揮官の「言霊」が実際に世界を動かした。ゼレンスキー大統領が演説に込めた真の意図とは何なのか？　ウクライナ人国際政治学者が読み解く。

◆ドイツに厳しくポーランドに優しい理由

　ウクライナ人の命よりビジネス上の利益を優先しているとゼレンスキーが厳しく批判したのが、ドイツでの演説だ。EUは天然ガスの4割、原油の3割をロシアからの輸入で賄っており、ロシアへの燃料代が戦費に回っていると非難したのだ。

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あなた方はまたもや「壁」の向こう側にいるようです。（略）
なぜ海の向こうの国々のほうが、あなた方よりもウクライナに近いのでしょうか。

ドイツ・下院議会での演説（3月17日）
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◆ドイツ政府はこれまでの方針を一転

　ウクライナ人国際政治学者のグレンコ・アンドリー氏はこう分析する。

「東西分断の象徴だったベルリンの壁を崩したのに、経済を理由に新たな分断の壁を築いている……と批判した。欧州一の経済大国ドイツはロシアへのエネルギー依存度がEUでもっとも高く、ロシアとのビジネスでの結びつきも強い。一部の政治家は民主主義や自由といった価値観より経済を優先しており、演説で敢えてこうした現実を突きつけたのです。

　だから、『新しい壁を壊そうとするすべての政治家』『ロシアからの利益より、ウクライナの子供たちの命を優先してくれた政治家』『ロシアへの制裁を強化し、平和をもたらそうとしてくれた政治家』に対してくどいくらいに謝意を示して、そうではない政治家の存在を浮かび上がらせたのでしょう。

　ただ、個人的にはここまで厳しく批判してしまうと、支援を取りつけるのには逆効果。ゼレンスキーの意図は正しいが、言い方が厳しすぎた」

　厳しい演説にドイツ世論の一部からは反発の声が上がったが、演説から8日後の3月25日、ドイツ政府はこれまでの方針を一転して、ロシアからの原油輸入を年内に終了する計画を発表している。

◆ドイツとは対象的なポーランドでの演説

　厳しい表現を並べたドイツの演説とは対照的に、連帯への感謝と結束して戦う決意の言葉が目立ったのがポーランドでの演説だ。

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私は、ウクライナ人とポーランド人は本来、同族だと思っています。（略）
欧州の安全のために、誰が私たちとあなた方を止めようとしたのか。

ポーランド・共和国議会での演説（3月11日）
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◆込められた意図は？

　グレンコ氏が解説する。

「ポーランドは同じスラブ民族の隣人で、同じ時期にロシアに支配された歴史を持つ。18世紀、両国はロシアに分割され独立を失い、第2次大戦後、ウクライナはソ連に合併され、ポーランドもソ連主導の国家となった……。

　だが、ソ連崩壊後、真っ先にウクライナの独立を承認したのがポーランドであり、今回のロシアの侵略に際しても、自国の人口の5％にも達する200万人のウクライナ人避難民を1か月という短期間で受け入れた。すでに最大限の支援をしてくれているので、ゼレンスキーは演説でほかの国にしたような支援の要求すらしていない。

　歴史を振り返れば、ポーランドは第1次大戦後に独立を果たした直後にもソ連赤軍に侵略されたが、これを何とか撃退し、欧州を守ったのです。『欧州の安全のために』というフレーズは、過去も現在もロシアの侵略と戦い、欧州を守ってきた両国の歴史的使命と、ウクライナへの軍事支援を渋り続けるNATOへの非難が込められている」

　第2次世界大戦のバトル・オブ・ブリテンで、ナチスドイツに敢然と立ち向かった英国のチャーチル首相は、「人類の歴史で、かくも少数の人が、かくも多数の人を守ったことはない」と兵士を称えた。ゼレンスキーの言葉は今も、ウクライナ軍を鼓舞し続けている。

【国際政治学者・日本ウクライナ文化交流協会政治担当部長／グレンコ・アンドリー氏】
1987年、ウクライナ・キーウ生まれ。’12年、キーウ国立大学日本語専攻卒業。’19年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程指導認定退学。ウクライナ情勢、国際関係について講演・執筆活動を行う。著書に『プーチン幻想』（PHP新書）、『ウクライナ人だから気づいた日本の危機』（育鵬社）など

取材・文／齊藤武宏