プーチン氏による小型核兵器の先制使用、国際社会は止められるか

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プーチン氏による小型核兵器の先制使用、国際社会は止められるか

 ウクライナを舞台にしたロシアプーチン大統領による「核の恫喝」に、国際社会が揺さぶられている。差し迫った脅威に際し、日本でも核を巡る議論が飛び交い始めた。

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 世界は、核の悲劇をいかに防ぐのか。日本は、自国の安全をどう保つのか──。第2次安倍政権で国家安全保障局次長や内閣官房副長官補を歴任し、今年3月に共著『核兵器について、本音で話そう』(新潮新書)を上梓した兼原信克氏に話を聞いた。前編では、侵攻に至ったプーチン氏の心理と核兵器使用の本気度、そして紛争の行方を読み解く。(聞き手:河合達郎、フリーライター

──プーチン大統領が侵攻に至った背景についてどう見ますか。

兼原信克氏(以下、兼原):直接の原因はNATO北大西洋条約機構)の拡大です。NATO2008年までに、かつて旧ソ連が統治していたバルト三国や、ワルシャワ条約機構の東欧諸国の加盟を承認しました。

 ロシア側にとっては、NATOがせり出してくるというのはすごくイヤなんですね。19世紀の勢力圏の発想を維持していますから、敵勢力が近づいてくることに恐怖を感じていました。

プーチン氏を激昂させた、NATOの「最悪の判断」

兼原:ロシアには当時、これ以上のNATO拡大はないのではないかという希望的観測もありました。ところが、今度はウクライナグルジアジョージア)という、よりロシア本土に近いところがNATOに入りたいということになった。それに「支持する」と応じたのが、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領です。

 ブッシュ大統領の支持表明に対し、フランスドイツは猛反対しました。それはプーチン大統領を激昂させてしまうからやめてくれ、という理由です。その結果、NATOウクライナグルジアの両国を「将来的に加盟させる」という、中途半端な対応になりました。

 これは最悪の判断でした。プーチン氏からすると、NATOに入ってしまえば、怖くてもう手が出せません。でも、「将来入れる」という段階であれば手が打てる。そこで、グルジア戦争を起こしたんです。この戦争で、ロシア南オセチアとアブハジアを占領しました。

 このグルジアのように、小さい地域を支配して世の中が忘れ去るのを待つという手法は、ロシアが一番得意なやり方です。平和維持軍を入れて、事実上の領土にしてしまう。そうやって自分がにらみを利かせる中で、周辺の民族同士を争わせることもできる。これを「凍結された紛争」と言います。

 南オセチアやアブハジアのほかにも、トランスドニエストルやクリミアナゴルノカラバフそして今回のドンバスがそうです。日本の北方領土も、構図は同じです。

ウクライナ侵攻でのプーチン氏の誤算 そして結末は

兼原:ここまでは、ロシアにとって教科書通りです。共産圏は基本的には革命戦争ですから、まず内部に浸透して、体制を事実上ひっくり返して、抑えてしまってから取りに行く。今回も、これをやるんじゃないかと多くの人が見ていたわけです。クリミアを取ったとき、既にドンバスは事実上親ロシア勢力が抑えてしまっていました。これに加えて、アゾフ海沿岸のマリウポリを取って、クリミア半島からドンバスまで陸の回廊をつくるんだという観測もありました。

 ところが、あにはからんや、今回は守りの手薄なベラルーシ国境から首都キーウキエフ)に攻め込んで、ウクライナ全土を取りに来た。ウクライナにとっても意外だったと思います。要するに、ゼレンスキー大統領の放逐をたくらんだということです。親ロシア派の大統領にすげ替えればいいと考えたのでしょう。

 これが大失敗でした。キーウ周辺は湿地なんです。過去にはナポレオンヒトラーも苦しめられました。車は舗装した道路しか通れませんから、なかなかキーウに入れないロシア軍の車がずらっと並んでいるわけですね。これは、戦場では致命的です。相当な被害が出ていることでしょう。

 このように、ロシアキーウ侵攻には深い計画を感じられません。「電撃戦で一丁上がり」とうノリで突っ込んでいる。この恐ろしいほどのずさんさには、プーチン氏が独裁者として国内で孤立し、周囲から適切な進言を得られていない様子さえ垣間見えます。

 侵攻から1カ月超が経過していますが、プーチン氏にとっては早く決着をつけたいというところでしょう。引っ張れば引っ張るほど、西側の経済制裁が効いてくるからです。大統領選挙も控えています。

 ところが、ウクライナ軍がなかなか降りない。西側からスティンガージャベリン、エヌロウ(NLAW)といった性能のよい武器がどんどん投入され、ウクライナ軍が善戦しています。

 ロシアに親近感のあった東ウクライナの人たちがロシアに銃口を向けたのも、プーチン氏にとっては誤算だったでしょう。このまま互角で決着する場合、朝鮮半島のように、停戦合意だけできて、和平合意はできないという結末が現実的な落としどころとなります。

NATOの軍事不介入宣言がプーチン氏に与えた影響

──今回、早い段階でNATOは軍事介入しないと表明しました。プーチン氏はNATOの動きを読み切って侵攻を決めたのでしょうか。

兼原:2日の電撃戦で終わる気だったのでしょう。クリミアも一瞬でした。今回も、居合斬りのごとく一瞬で取れると思ったのだと思います。ゼレンスキー政権の後に親ロシア政権が立ち上がり、「ロシア万歳」となる青写真を描いていたと思います。

 一方で、NATOの軍事不介入の宣言も失敗だったのではないでしょうか。実際に介入する必要まではありませんが、「NATO軍が入らない」と言った瞬間に、プーチン氏としては「じゃあ、好きなようにやらせてもらおうか」ということになるわけです。戦争が始まると総合火力だけの勝負ですから、将棋のように、物量が多い方が圧倒的に有利です。

 これに対して米国の戦い方は孫子の兵法です。軍隊は最後に入れるのが常道です。先ずは外交戦、情報戦、経済戦が先に来て、それから武器供与。この順番です。米国は米国で、教科書通りに戦っている。ただ、「最後は軍が介入するかもしれない」としておくと、ロシアは「早くやめよう」と思うかもしれません。初めから入らないと言ってしまうと、プーチン氏としては「ケリがつくまでやるぞ」となってしまう。

核の先制使用であおるプーチン氏、その本気度は

──プーチン大統領核兵器の先制使用の選択肢までちらつかせています。その本気度をどう見ますか。

兼原:ロシアは核の運用思想が全然違う国です。核については普通、「やったらやり返される、だからやらない。最終兵器だ」ということになるわけですが、ロシアは「核を使えばロシアの本気度がわかって敵はひるむ」という発想なんです。これがロシアの正式なドクトリンです。危ない考え方です。

 ロシアの国土は米国の2倍近くあります。90万の軍隊を持っていますが、それでも国土が大きすぎて守れません。北極海の氷も解けていますから、北極海沿岸の防衛もしなくてはなりません。だから、彼らは「先に使う」と宣言せざるをえないわけです。

 ロシアは、広島の数千倍の威力を持つ強力な核兵器から、数分の一という小型核まで保有しています。小型核の威力は大きな通常爆弾と同程度ですから、人口希少な山や砂漠に落とすということであれば、心理的ハードルは低い。ロシアは今、これを恫喝に使っています。

 この小型核を撃たれたらどうなるのかというのは、抑止が破綻したらどうなるかという問いと同義です。実は答えがありません。

 核抑止の基本的な議論に「柔軟対応」と言われるものがあります。敵対する国同士が、通常兵器から入っていって、どちらも主導権を握ろうと、より上から押さえつけようとする。

 最後は核の撃ち合いとなりますから、そこまでいくとお互いに壊滅してしまう。だから何もしないようにしよう、初めから一発も弾を撃たないようにしよう、と。これが核抑止です。敵対する核保有国が互いにそう考えれば安定します。要するに、緊張と恐怖の均衡なわけです。

 ここでは、「では核兵器を使ったらどうなるのか」ということは考えられてきませんでした。こうした思想で核抑止を進めてきた米国からすれば、ロシアのように小さい核をぽろぽろ使うというのは核の安定を害する反則なのです。

 プーチン大統領は今、これまで積み上げてきた古典的な核の均衡では通用しない、危険なボタンに手をかけているということです。(後編に続く)

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(出典 news.nicovideo.jp)

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