原発にはこういうリスクがある…あなたは700人の作業員に「国のために死を覚悟せよ」と命令できるか

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原発にはこういうリスクがある…あなたは700人の作業員に「国のために死を覚悟せよ」と命令できるか

2011年3月の福島第一原発事故では、人命を懸けた収束活動が行われた。そこにはどんな法的根拠があったのか。NHKディレクターの石原大史さんの著書『原発事故 最悪のシナリオ』(NHK出版)から、「東日本壊滅」の危機に直面した菅直人総理大臣らの対応を紹介する――。

■危機的状況が続く原発でさらなる異常事態が発生

東電の内部資料によれば、このとき、15日6時16分。テレビ会議システムで本店とつながっていた第一原発の吉田昌郎所長から、異常事態発生の緊急連絡が入った。当時首相補佐官だった寺田学衆議院議員は振り返る。

【寺田】勝俣会長と武藤副社長、政府側も私と総理と数人ぐらいになって話していたと思うんですけど。テレビ会議を通じて現場の吉田所長と話していたと思うんです。急に吉田所長の声のトーンが変わって、「緊急事態だ!」とお話をされて、一気に緊迫した雰囲気になったのは記憶しています。怒鳴り声のような感じでしたね。緊急事態で、多分大きな音がしたとか。とりあえず本店側と話すことを一時中断して、現場の様子を把握したいみたいなことを話されたと思います。

第一原発では、14日夕方から2号機の危機的状況が継続していた。14日夜から15日未明にかけて、注水は断続的に行われていたものの、原子炉の圧力は安定せず、炉にどの程度水が入っているのかも定かではなかった。

菅らが東電本店に乗り込んできた15日早朝、5時台でも状況は変わっていなかった。誰もが2号機の状況を案じている中で、さらなる異常事態が発生した。このときのやりとりを記録した東電の内部資料には、緊迫した報告が分単位で続いたことが記されている。

■「2号機でボンという音がした」

06:16 「1F S/C(サプレッションチェンバー/圧力制御室)圧力0。減圧沸騰している模様」

06:18 「1F S/Cの底が抜けたか、先ほど音がした」

06:20 「1F 退避も考える」

06:21 「1F 現場の人間を引き上げる」

06:24 「1F メルトの可能性(所長)」

06:27 「1F 退避の際の手続きを説明」

伊藤哲朗内閣危機管理監は、このとき、東電本店へは同行せず、官邸地下の危機管理センターに残っていた。伊藤のもとへは、刻一刻と詳細な報告が上がっていた。

【伊藤】6時48分にですね、2号機でボンという音がしたという報告が入りまして。最小限の人員を残して、2F、福島第二原子力発電所の方に避難しますという報告が東京電力から入ってきたんですね。そうしたときに7時半にですね、東京電力からまた報告が入って、件名が「1Fから2Fへの退避について」という報告で。線量が落ち着いてきているため、ある程度の復旧要員50名程度を1Fに残す方向で検討していますという報告だったんです。

基本的に、「ある程度の要員は残すけれども、50名程度しかもはや残りませんよ」という意味での報告だったんで、いよいよ怖れていた事態が近づきつつあるなというふうに思いました。

■原発構内の作業員700人に迫る「最悪の事態」

吉田は、発生した爆発音から、2号機の格納容器破損の可能性があると判断した。異変が起きた時点で第一原発にはおよそ700名の人員が残っていた。破損の規模が大きければ、もはや一刻の猶予も許されない。構内に残る所員の命にかかわる致死線量となってもおかしくないからだ。

当時、第一原発で作業にあたっていた元所員の男性も、このとき免震重要棟にいた。怖れていた「最悪の事態」がついに到来したと強い恐怖を感じたという。

【匿名氏】まだ薄暗かったと思うんですけど。寝てたんですよ、そのとき、確か。上司から「行くよ」っていわれて、「え、どこっすか」っていったら、「2Fに避難すっから」っていわれて。たぶん、「爆発」っていわれたような記憶があるんだけどな。それで慌てて着替えて、タイベック(防護服)、全面マスクで。避難って聞くとやっぱり、いよいよかって思いますよね。イメージはもう格納容器が爆発ですよね。そしたらもう空間線量も上がってしまうんで、即死レベルの線量じゃないんでしょうかね。

撤退を許さない――。政府として決めた方針ではあった。

しかし、現場の人員の前に死の恐怖が大きく口を開いて待ち構えているとき、その方針を彼らにどうやって強いることができるのか。東電本店に乗り込んだ菅が、東電社員の前で演説を行ってから、まだ2時間も経っていなかった。

■菅総理の判断は「給水のものだけは残せ」

【寺田】小部屋の方で、吉田所長の申し出を受けた東電本店から、総理へ、「退避はいいですか」と、「了解してもらえますか」とお伺いを立てていたのは記憶にあります。

——そのときの総理の判断は?

【寺田】「給水のものだけは残せ」と。

——給水の人、水を入れる人ですね。

【寺田】はい。いかに冷却をするか、燃料棒を水で冷やすかということが、東日本壊滅を避ける絶対の作業ですので。そこの命綱だけは絶対に譲らんということだったんだと思います。作業員の方の健康の問題、命の問題はあるとは思うんですが、給水だけは続けて、なんとかこの原発だけは抑えて、日本を安全なものに導かなければならないと。

菅の判断は、「撤退は許さない」、しかし「注水要員を残しての退避は認める」というものだった。これはいい換えれば、作業継続を東電に求めたことにほかならない。

【菅】軍事的な問題であれば自衛隊ですし、事件的な問題であれば警察ですし、あるいは、通常の意味での火災であれば消防ですが、危機的なときに、ある意味、命を賭してその対応にあたるというのは、民主主義国家でも、そういうことが求められるというのは十分あるし、それを任務として、責任としてやってくださっているから、危機に対応できているわけですね。

このときの東電事故でいえば、そういう対応する能力のある人たちというか、部隊というのは、事実上、あの場面でいえば、東電の所員をおいていないわけですよ。

■収束活動の継続を強いる権限は本当にあったのか

収束活動の放棄は、「東日本壊滅」を引き起こす。であるならば、その継続は、たとえ人命が犠牲になろうが、諦めるわけにはいかない――。菅は、その瞬間にも考えがぶれることはなかったと振り返る。

だが、日本は、民主国家であり、法治国家である。国の最高責任者たる総理大臣であっても、その権限は法によって制限されている。収束活動を継続するべきだということはできても、それを強いる権限は本当にあったのか。私たちは菅の見解を次のように質した。

——日本国憲法18条では、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」と定められています。ああいう事故が起きて、国家が、労働者である東電の人たちに「そこでとどまってくれ」といった場合、突き詰めれば、こういう問題と抵触する可能性もあるのではないですか。

■「国の責任としてやらざるを得なかった」

質問を聞いている間、菅の表情がみるみる変わっていくのがわかった。予想外の質問に虚を突かれたのと同時に、「なぜそんなことを聞くのだ」という不快感もいくぶん混じった複雑な表情だった。質問を聞き終えた菅は、そのまま天を仰ぐような仕草を見せ、10秒余り沈黙した。その後、言葉を選び、以下のように答えた。

【菅】そういう個別の法律的なことまで、個別的にどの条項がどうだからというところまで当時考えたかというと、個別的な条項のことまでは考えていません。

やはり国というものが、自分の国に対して責任を持つにはですね、どこかがやらなくてはならない場面があると思っていました。また逆にいうと、それをやらないときに、どうなるかということを同時にずっと考えていました。つまり「最悪のシナリオ」ではないですけれども、どんどんどんどん広範囲に避難して、そのことが場合によれば、また大勢の人命にもかかわるような混乱を起こす可能性も当然あるわけで。ですから、それをやらないという選択は、別の大きな問題を起こすことが、目に見えていますから。

やっぱり、法律に基づいたかどうかということでいうと……、ある種、超法規的なことだったと思います。しかし、私はそれはやらざるを得なかったと、国の責任としてやらざるを得なかったと、いまでも思っていますが。

■法律の“真空地帯”で下された「超法規的」判断

総理大臣による「超法規的」という発言は、きわめて重いものだった。

「東日本壊滅」という「最悪の事態」を前にしたとき、個々の作業員の生命、身体の安全より、事故収束活動を優先せざるを得なくなるというのが菅の判断だった。それは突き詰めていうなら、国家の最高規範である憲法によって誰もが保障されている人権を、国家が侵すことがありうることを意味していた。

だが、菅の判断を正当化する法律上の制度や手続きは、何も準備されていなかった。そのことが生み出した“真空地帯”を前に、菅は「超法規的」な判断に踏み出さざるを得なかったのだ。

今回、私たちの取材に対し、東電は、この退避をめぐる事実関係について、「事故翌年の報告書に示している」と回答した。報告書に記載されているのは以下のとおりである。

東京電力株式会社「福島原子力事故調査報告書」(2012)

本件は、本店と官邸の意思疎通の不十分さから生じた可能性があるが、本店も発電所も、もとより作業に必要なものは残って対応に当たる考えであった。現実の福島第一原子力発電所の現場においては、当社社員は原子力プラントが危機的状況にあっても、身の危険を感じながら発電所に残って対応する覚悟を持ち、また実際に対応を継続したということが厳然たる事実である。この行為は、総理の発言によるものではない。

■東電や政府の報告書は重要な議論に触れていない

この東電の報告書には、15日早朝、東電本店で菅ら政権幹部と東電経営陣、吉田らの間で行われた最も緊迫したやりとりについては何も触れられていない。

これは、東電の報告書に限らず、政府や国会の事故調査報告書でも同様である。国家が国民に「死」を強要することができないという憲法上の要請と、それを行わなければ、国家自体が壊滅しかねないという矛盾。この議論は、これまでタブーであるかのごとく、蓋(ふた)をされたままである。

結局、15日の朝、第一原発からは所員のおよそ9割、600名以上が、第二原発へと退避した。第一原発に残ったのは、吉田以下69名。事故収束作業は、この人員で継続することになった。

しかし、この少数の人間ですべての作業を行えるはずもない。「最悪のシナリオ」を回避するため「誰が命をかけるのか」という問いをめぐる混沌は、こののち、より鮮明な形で顕在化していく。

※記事制作にあたり、書籍の文言に一部変更を加えております。

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石原 大史(いしはら・ひろし
NHKディレクター
2003年NHK入局。長崎放送局、大型企画開発センターなどを経て現在、制作局ETV特集班ディレクター。制作した番組にETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」(第66回文化庁芸術祭大賞)、「薬禍の歳月 サリドマイド事件50年」(第70回文化庁芸術祭大賞、第41回放送文化基金賞・最優秀賞)、「お父さん会いたい “じゃぱゆきさん”の子どもたち」、NHKスペシャル「空白の初期被爆 消えたヨウ素131を追う」(第56回JCJ賞)など。共著に『ホットスポット ネットワークでつくる放射能汚染地図』(講談社)、著書に『原発事故 最悪のシナリオ』(NHK出版)がある。

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記者会見する菅直人首相(2011年3月13日夜、東京・首相官邸) – 写真=時事通信フォト

(出典 news.nicovideo.jp)

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