『世界に三色の国旗が多い理由』

『世界に三色の国旗が多い理由』

『世界に三色の国旗が多い理由』

世界に三色の国旗が多い理由フランスやイタリア、オランダ、ドイツ、ロシア、ベルギー、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリア、ギニアなど三色の国旗は世界的に多い。

世界で最初の三色の国旗はオランダの国旗だとされ、それは赤・白・青の三色である。

世界的に三色の国旗が多いのはそのオランダの国旗の影響だと言われており、オランダの国旗を真似て様々な三色の国旗が誕生した。

三色の国旗には16世紀にオランダがスペインに対して起こした独立戦争が関係している。

当時、無敵艦隊を率いる大国のスペインの統治下に置かれたオランダは、大きな港町を中心に商業が盛んだった。しかし、その利益はスペインに独占されていた。その状況を打破するために立ち上がったのが、後に「オランダ建国の父」と呼ばれるオラニエ公ウィレム1世(Willem I、1533~1584年)である。

オランダの独立を掲げたウィレムは、自分の家紋からオレンジ・白・青の三つの色を取って三色の国旗が生まれた。

この国旗は「プリンスの旗(Prinsenvlag)」と呼ばれ、1568年のスペインに対する反乱をきっかけとするオランダ独立戦争(八十年戦争)で使用された。

それまでの国旗は複雑な紋章が描かれたデザインであり、これらの国旗は王家や軍隊しか使用することができなかった。

そんな中で、ウィレムが掲げたシンプルな三色の国旗は画期的で、オランダの人々が自由に使用することができた。

これは世界で初めての民衆のための国旗であり、その結果として民衆の独立への気運は高まった。1581年の独立宣言から3年後、ウィレムはスペインの陰謀により暗殺されてしまうが、三色の国旗のもと民衆たちは戦い続けた。

そして、1648年のヴェストファーレン条約においてオランダの独立が承認された。

もともと大きな港を持つオランダは大航海時代に経済的に急成長し、豊かな国となった。これは「オランダの奇跡」とも呼ばれる。このようにしてオランダの三色の国旗は、独立と繁栄のシンボルとなったが一つ問題があった。

それは船に掲げた国旗は潮風にさらされ、強い日差しを浴び続けると、オレンジと青が色あせてしまうことだった。1630年以降、国旗のオレンジは赤に、青はより濃い色に変更された。この変更はオレンジは色が薄くなると海上で識別しにくかったためとも言われる。

オランダの国旗の赤は国民の勇気、白は神の永遠の祝福を願う信仰心、青は祖国への忠誠心を表す。そして、海洋大国となったオランダにあやかって、ロシアやフランスが三色の国旗を真似した。

1705年、ロシアはオランダのような豊かな国になるように願いを込めて、オランダ国旗の順番を変えた三色の国旗を採用した。
 
そして、オスマン帝国に支配されていたスロベニア、クロアチア、セルビアを独立へと導くと、これらの国はロシア国旗にならって三色の国旗を作った。

一方、オランダにあやかったもう一つの国のフランスは、フランス革命中の1794年に縦縞の三色国旗に変更した。

その国旗の青は自由、白は平等、赤は友愛を表すと解される。さらに、フランスによってオーストリア帝国から解放されたイタリアも、フランス国旗の青の部分を緑に変更した三色国旗に変更した。

こうしてオランダから始まった三色の国旗は独立と解放のシンボルとして様々な国に影響を与え、結果として世界的に三色の国旗が増えていった。現在、世界には197ヵ国の独立国があるが、その中の55ヵ国が三色の国旗を採用している。

♦因みに、三色の国旗は「三色旗(さんしょくき)」または「トリコロール」とも呼ばれる。

トリコロールといった場合、特にフランスの国旗を指す場合が多いが、最も古い三色旗は上記のようにオランダの国旗である。また、歴史的な経緯から三色旗は民主国家の象徴ともされる。

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