【芸能】半田健人「僕には『仮面ライダー555』を守る権利と義務がある」 新作撮影で監督に直談判、20周年記念インタビュー

【芸能】半田健人「僕には『仮面ライダー555』を守る権利と義務がある」 新作撮影で監督に直談判、20周年記念インタビュー

【芸能】半田健人「僕には『仮面ライダー555』を守る権利と義務がある」 新作撮影で監督に直談判、20周年記念インタビュー

 人生100年時代といわれる現代、「何歳からでも新しいステージに踏み出すのは遅くない」という考え方が広がっています。著名人も例外ではなく、ある分野で成功を収めた人が転機を経験し、別のフィールドで奮闘する姿は多くの人に勇気を与え、モチベーションやインスピレーションを与えています。

【画像】半田さん演じるオリジナルヒーロー「サプライザー」

 半田健人さんは2001年ジュノン・スーパーボーイコンテストファイナリストに選ばれ芸能界入り。2003年には平成仮面ライダーシリーズ第4作「仮面ライダー555(ファイズ)」の主人公・乾巧(いぬい たくみ)役に抜てきされ、撮影開始時18歳で史上最年少ライダー(当時)として話題になりました。

 番組終了後は昭和歌謡への深い造詣を生かしてタレントとしても活動。現在はアーティスト、俳優として活動の場を広げながら放送20周年記念作品「仮面ライダー555 20th パラダイスリゲインド」(2024年公開予定)では乾巧役を再演します。

 ねとらぼでは6月に誕生日を迎え、39歳となったばかりの半田さんにインタビュー。「パラダイスリゲインド」だけでなく、20年を経て変化してきた代表作「仮面ライダー555」への思い、YouTubeで展開する謎多きオリジナルヒーロー番組「超絶戦士サプライザー」誕生秘話や人生観まで聞きました。

●20周年、ようやく客観的な視点で見られるようになった 乾巧へ「いい男じゃないか」

―― 2023年2月からYouTubeで「仮面ライダー555」が配信されています。Twitterでは配信に合わせて思い出や裏話を投稿されていますが、今回見返してみて率直にいかがでしょうか?

半田健人(以下、半田) 新作映画撮影のタイミングと重なったこともあってか、自分の中で変化が起きて完全に客観的な視点で見られるようになりました。これまでも何度か見返したことはあったんですけど、懐かしむというか映像を見ながら当時の自分を振り返る見方になってしまってばかり。今回は「ああもう、このときの演技が……」ではなく一視聴者として楽しんでいます。だからたまに自分を見て思いますもん。「こいつかっこいいな」「いい男じゃないか」と(笑)

―― その感覚は限られた人にしかないものですね。あらためてどんな感想を抱きましたか?

半田 新鮮。となったときに面白い。今までは懐かしかったものが面白いんですよ。先だって「ここ行ったなぁ」「この水落ちがつらかったなぁ」「ここでこういう目にあって嫌だったなぁ」と浮かんでいたのが視聴者目線で見てみたら、20年の長きにわたりファンの方が愛してくれるのも分からんではないなと感じますね。

―― 客観的に見ることで感情移入できるキャラクターも変わったのでしょうか?

半田 変わりました。今までは、自分しか見ていなかった。要するに思い出をたどってばかりだと自分主体になってしまうので、このキャラはやっぱり効いているなと感じたり、あとは他の皆さんの演技力だったり、例えばスマートブレインの村上社長役の村井(克行)さんって、当時まだ30歳過ぎだったんです(※現在53歳)。

―― 意外にお若かった。

半田 そう、35歳にもなっていない。だから村上社長は今の僕からしたら年下なわけで不思議な感覚です。でもすごく大人っぽいし、いまだに年上に見える。そこは皆さん役作りをすごく丁寧にされているんだな。

 あとは「村上(幸平、仮面ライダーカイザ草加雅人役)さん頑張ってんな」とか。

―― 「555」随一、平成ライダーでも指折りの爪痕を遺した人気ライバルキャラクターです。

半田 草加雅人ヒールぶり! 嫌われ役って中途半端じゃダメで、嫌われるなら骨の髄まで徹底的にじゃなきゃいけない。それをやりきれる村上さんの入れ込みようですよね。

 村上さんは当時から評判を気にするタイプで、ネット掲示板か、東映公式サイトのご意見板かでわざわざ“草加雅人が心の底から憎い”といわれているのを確認して「よしよし」と言っていたそうです。村上さんは役者だから、要は「ここで嫌われなきゃ俺の演技ができていないってことなんだ」「悪者に見えない。いい人オーラが出てるじゃダメで、これでいいんだ」と。あまり言っちゃうと本人から怒られるかもしれないけど、仲がいいので(笑)

 ただ今になって振り返るとそうでも、当時は「これでいいんだろうか」と悩むこともあった。村上幸平が嫌われているわけじゃなくて、草加雅人が嫌われているとしても「エゴサなんてしちゃダメだよ」って言ってるんだけど、村上さんはわりとする方です。

―― 村上さんご本人にこの記事が見つかってしまう可能性があると。半田さんご自身は、あまりエゴサはされない方ですか?

半田 見つかるべきですよ。いい評判もあるんでしょうし励みになるとしても、僕は全くしません。100個いい意見があっても、1個でも心に刺さるものがあると人間ってその100対1の1へ気持ちを持っていかれる生き物。だから自分の評判は受け入れるだけにして、気にしてしまうことはしたくない。

―― 伺っていると村上さんとは正反対の印象ですね。巧と草加の関係に通ずる気もします。

半田 僕と村上さんは、タイプ明らかに違う人間でだからこそ仲がいい。どうしても譲れない美学ってあるじゃないですか。他は全部違っていいんです。食の好み、服の好みだとか好きなものも全部違っていても「これをやっちゃあおしまいよ」みたいな共通認識があればうまくやっていける。僕と村上さんの譲れない部分には近いものがあります。

ファイズフォンもついにスマホ化 「自分でも何か足りないなって」

―― 「仮面ライダー555 20th パラダイスリゲインド」について、現時点でお話できることを教えてください。村上さんも出演していますね。

半田 難しいな。映画の内容に関しては、5月5日の記念イベントで出ている情報しか言えないんです(※インタビューは7月)。だから出演者でいえば、村上幸平さんが出ます。唐橋(充、海堂直也役)さん、もちろん僕と、芳賀(優里亜、ヒロイン園田真理役)さんは出ます。監督は田崎(竜太、オリジナル版から続投。2003年公開の劇場版も担当)さんですとか。

 あとはファイズの新フォーム。新しいフォームが出ます。ちなみにですが、ファイズフォンはスマホになってますよ。

―― パカッ、ポチポチポチ、「スタンディンバイ」のルーティンがないファイズ……!

半田 20年前からガラケーでやってるし、その後もいろいろ出演した※じゃないですか。そこでも従来の携帯を出してパカッとやって、ピピピ555)、エンターキーを押してパシンと閉じて変身。もうこれが完成したリズムなんです。今回は“ピコンピコンピコン”からパチッと閉じるモーションがない。自分でも「何か足りないな」っていうのは正直ありました。

※半田さんは「平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊」(2014)と「スーパーヒーロー大戦GP 仮面ライダー3号」(2015)で乾巧役を再演

―― 寂しいですね。パカパカアクションがないと。

半田 そう。あと一周り大きいし幅があって持ちにくいし、片手で「5、5、5」「エンター」と押しにくい。あれはファイズフォンの改善すべきとこだな。

 でも20年目にして新しいデバイスができたり、新フォームを作ってもらえたりしてうれしいです。今回の映画はいろいろと勉強になったし、これをきっかけに悟りを開いたみたいなところすらあります。それだけでも大きな意味があった。

 年齢的なものが大きいのかな。2024年で40歳になるんですが、これまで仮面ライダーをやったこと、ファイズを演じたことが、自分の人生でどういう意味合いを持つのか分かっているようでいなかった。特に自分は18歳でこの世界に入って最初の連続作品も、上京のきっかけも「555」。大人たちに混ざって右も左も分からないまま演じて、そこから芸能界でいっぱい仕事をやって、もちろん感謝もしていたし世に出るきっかけは「555」だって頭では分かっていたけど。

―― 人生の折り返し地点が見えてきたくらいの年代です。

半田 80歳まで生きるとしたら半分。芸能人生に限ったことではなく、人生単位で見ても「仮面ライダー555」は1つのパーツとして重要なんです。自分がこれからも生きていく上で、「555」があるということが1つの支え。作品を通じて出会った人も含めて何か「そうか、この人たちとこういうことをするために俺は生まれてきたのかな」みたいな。

 40歳近くなってきて、周囲の人間も入れ替わり立ち替わりしていく中で、いまだにつながっている人もいればもう道が分かれてしまった人もいる。今回20周年を迎えたことで当時の仲間たちと再集合して1つのものを作りながらいろんな話をしたときに、大げさな言い方をすれば僕の生まれてきた意味合いの中に、“ファイズを任される、任してもらう”ことは1つの大きな使命だったのかなと思いました。

―― それは新劇場版ストーリーが影響しているのか、それともやったこと自体がということですか?

半田 ストーリーには関係なく年齢ですよ。中年になってきたから。40歳を控えて「どうしようかな」と思う反面、40歳になったからこそ見えてくる感覚があるなら中年も悪くないなと思う。肉体だけ若くてジレンマを抱えまくってぶつかりまくっていた20代の自分より、今の方がよっぽどいい。

 35歳くらいまでは自分の人生を自分でコントロールしていると思い込んでいたんです。良くも悪くも自分の行動次第で、うまく波を乗りこなしている自覚と自負があった。ただそういう生き方は得てしてしんどいんです。人生は本来、自動操縦の乗り物に乗っているようなもの。努力は裏切らないとか、やったことへの成果・対価を結び付けて考えがちですが、やってもダメなときはダメだし、逆に何もしないのにうまくいくときもある。流れに逆らわず身を委ねてそれを受け入れたとき、急に心地よくなる感じ。

 人だってそう。他人をコントロールしようとするとやっぱりダメなんです。できないから腹が立つ。腹が立たないようにするためには、その人から離れるしかない。人間関係にしても、仕事にしても、何にしても、思い通りにならないと思っていた時期が僕にもあります。だけどそう考えだすと全部面白くない。「何でもっと」じゃなくて、今自分の周りにあるもの、いる人にもう1回目を向けてみた時に、いろいろ分かることがある。

 やっぱり人間って縁。「555」で出会った人間たちとはやっぱり縁があるんだろうし、それ以外も含めて縁に導かれた人生です。

●消えゆく渋谷を残すため誕生したヒーロー 「超絶戦士サプライザー」

―― 最近のお仕事の話をお聞かせください。このところは俳優業より音楽関係のお仕事が多い印象ですが、今具体的に取り掛かっているプロジェクトはありますか?

半田 ちょうど自主制作アルバムを作っています。そろそろ作ろうと思ったのが2023年の初めで、年が明けてから一気にやろうと決めてもう大詰め。僕はわりと曲はすぐできる方だけど、作る動機が結構大事なんです。曲を量産することはできても「じゃあこれを何のために作ってるの?」とか考えて行き詰まるときがある。

 今回の場合は前作が5年前で時間も空いたし、2022年のうちに「これをレコードジャケットに使えたら」って写真素材が先にあったので「写真に合わせてアルバムを作っちゃえ」とスタートしました。

―― ジャケ買いの作り手バージョンみたいな。初めて聞きました。

半田 おっしゃる通り、僕自身がレコードを集める中でジャケ買いが多い方です。経験を重ねると、ジャケットを見て中の音がだいたい分かるようになってくる。年代や歌手の風貌から見えるようになるので、逆に自分でやってみようと思ったんです。「このジャケットがあるとしたら、ここに入っている中身は」と作ってみたら面白いんじゃないかなって。

―― この手のインタビューのお決まりの質問として、「作品のテーマは何ですか?」と聞きたくなるのが常なのですが、この場合はジャケット写真になってくるわけなんですか?

半田 テーマとはまた違う。写真はいわば制作動機で「何で作ろうかと思ったか」。

 偶然ですがちょうど今から10年前、29歳で人生初のアルバムを出したんです。当時は俳優業とバラエティー出演の仕事がほとんどだったけど、20代になってから「どんな形であれ20代のうちにアルバムを出そう」と決めていた。紆余(うよ)曲折ありギリギリ滑り込みで作った、それが僕の最初のアルバム。そこから10年たったから、みたいな気持ちはもしかしてあるのかな。直接つながっているわけではないので聞く人がどう捉えようと自由ですけど。

 僕も自分でいろいろと口出しをするタイプなので「何だったら俺が帯作るから!」と、昨日もずっとデザイナーさんとメールのやりとりをしていました。マスタリングもやり直しては「もうこれで完成!」って家に持ち帰り聞いてみて、「やっぱ違う」。「もう1回」「もう1回」と、われながらうっとうしいやつなんです。

―― 自主制作ならではですね。

半田 そうですね。これがメーカーだと、こっちが多少引っ掛かっても「いや、そういうもんだから」と丸め込まれちゃうんですけど、自分がプロデューサーだとOKするのも自分、NG出すのも自分。本当にキリがないです。でもそうまでしても、これまで作った作品で100%満足できたといえるものは1つもないです。

―― クリエイターには「満足したらもうそこでおしまい」とおっしゃる方が多い印象です。

半田 音楽に限らず、物作ってる人は絶対そう。僕は作詞、作曲、編曲、演奏もまとめて全部やるけど、オケは100点でもいい歌が歌えなかったら合計でダメですよね。逆にオケは大したことないけどたまたまいい歌が歌えたとか、歌もいいんだけどミックスバランスが良くなかったとか音質が良くなかったとか。

 絶対に前回の反省点を克服したものを作ろうと、それを次へつなげるわけです。でも克服するたびにまた新たな課題と欲が見えてくる。たぶん、100%を目指していないと思う。別にかっこいいことを言うつもりはないですけど、まず何が100%なのかも分かっていないですし。

―― 俳優としてはどうでしょうか。演技にはどう取り組んでいますか?

半田 今まで自分で満足した演技なんてできていないんじゃないかな。演技の場合は、もう腹をくくっていて“監督が全て”。「こういう芝居どうですか?」と提案はしても監督がOKならOKで、監督がNGならもう1回やる。音楽なら「2回目のテイクのここを使ってください」「サビは3回目の方が良かったね」とできるけど、どんな大御所でも「監督! 2回前にやったやつを使っておいてください」とは言えないですよ。そういう文化がないから。

 映画やドラマは俳優じゃなくて監督のもの、僕はそう思っていて“料理されに行く”というか。自分のアイデンティティーは髪形とかで多少出せても、基本的には台本があってそれを演じに行くわけですから内心納得がいかなかったとしても、よほどのことがない限り「もう1回」と僕からは言わないですね。

―― 音楽の場合とは全くアプローチを変えているんですね。

半田 もう全然違います。受動的なのが演技であって、自分主体で動いていくのが音楽です。

―― そういった意味で、半田さんがYouTubeで展開されているオリジナルヒーロー「超絶戦士サプライザー」のシリーズは、音楽と演技のハイブリッドといえるのでしょうか。

半田 あれはもう遊びですから(笑)

―― 事前のリサーチでも、なかなかサプライザーについての記録がなくて。どういうスタンスで続けているシリーズなのでしょうか?

半田 話すほどのことでもないというのが正直なところ(笑)。きっかけから話すと、ここ数年、渋谷の再開発がすごいじゃないですか。僕は古い建物や街並みが好きだから、この流れはあまり好ましくない。だから消えていく東京の景色を写真に残すなり映像で残すなりしておこうと思ったことが起点です。

 レコード会社の担当ディレクターに相談したら、写真やムービーを撮るのが趣味だと乗ってくれて、「まだ建ってるうちにこのビルをバックに撮っておいてくれ」という話から、「ただ撮るだけじゃ面白くないから小芝居やシリーズものにしちゃった方がいいんじゃないの」と発展していった。基本的に台本はディレクターが書いています。普通は作品を撮るからロケ地を決めなきゃいけないけど、ロケ地が決まっちゃっているから作品を作らなきゃいけない。実は今まで撮ったやつのロケーションになった場所はもう全部ないんじゃないかな。

―― なんと。「見覚えがある場所だな」と思いましたが、そう思えるのは今だからなんですね。

半田 そう、今はまだ見ている方の中にも記憶があるけど、10年たてば「ここどこだ?」となるはず。そういった意味で、サプライザーの価値はゆくゆく出てきますよ。やっぱり動機が一番大事。僕はそういうのが多くて、ジャケット写真が撮れたから中身を作る、ビルを撮りたいから作品を作る。逆でしょ?

 「何で撮ろうと思ったのか」「実行に移したのか」動機に関しては二の足を踏まず直感的に作る。「こんな作品を残して何になるんだ」とか、バズるのかバズらないのか、そんなことは最初から考えていないです。俺がやりたいからやってます。何よりも早くやらないとビルが取り壊されちゃうから。

―― ビルだけではなくロマンスカーVSEの引退も扱っていました。ご本人を前に申し上げることではないですけど、どこかで聞いたような名前がいっぱいクレジットに入ってたり、画質の古さだったり、よくできてるなと感じます。

半田 基本的にはなめきってますからね、クレジットは。YouTubeのいいところって、無責任やご都合主義が通用する世界じゃないですか。ソフト化するとかちゃんと作品化するとなれば、やれ権利だ何だ、撮影の許可1つ取るのも大変だと思うんですけど、この規模であればギリギリいろいろと都合が良かったりしますから。

 もう演技っていうかコントみたいなものですし、せりふも現場で「何でしたっけ?」なんて言いながら適当にやって、だいたい1本2時間以内で撮っています。当日の夜には仮編集ラッシュが上がってきます。

―― 想像以上のスピード感。現在12回まで配信されていますが、いまだにサプライザーは変身していません。今後、変身を見られる可能性はあるのでしょうか?

半田 ビルを撮りたいという目的に合致したのがたまたまヒーロー番組だっただけで、変身もいつかやれればいいかみたいな感じ。目的が変身じゃないですから。僕が何かを演じるにしても「仮面ライダー555」をやっていたからヒーローものをやるのが一番受けやすい、入りこみやすい事情もある。

 変身したいんですけどね。ただ用意しなきゃいけないものが多いでしょ? そういう理由でああいう逃げ方(※サプライザーの変身には小田急ロマンスカーVSE50000形からの電磁波傍受が必要で、プロセス開始から3時間かかるとの設定が6回から登場)をしていたりもするんですけど……。ちまちまと続けて、そのうち「協力したい」ってスポンサーが現れたら、「サプライザー ザ・ムービー」をできる日が来るかもしれませんね。

 そうしたら僕はキャスティングからやります。声をかけるメンツを今頭に思い浮かべると、「これ555じゃねえか」ってメンバーになっちゃうな。まず村上さんでしょ、あと芳賀優里亜さんにも来てもらって、監督は俺とディレクターがいるとして……。サプライザー2号※も育児が忙しくなければ出てもらう(笑)。ただサプライザーを見ていると、乾巧じゃなくて明らか本郷猛のところがありますけどね。

※サプライザー2号……第2回で登場。演じる秋山依里さんも「仮面ライダー響鬼」の天美あきら役で特撮ファンには知られた存在

―― 画面の質感からして完全に昭和のヒーローです。

半田 そう昭和のヒーローです。ちゃんと夏でも革ジャンを着るように心掛けています。

―― 暑そう。しかもシリーズが開始したのはまだコロナ禍2021年でした。

半田 それも目的の1つでした。最初に始めたときはもうとにかく仕事がなくて、世の中が止まっていたんですよ。そうなってくるとファンのみんなにとっても、イベントはない、ライブはやらないでいろいろつまらないでしょ? でもコロナ禍では人が少なかったから撮影はやりやすかった。渋谷ですら誰もいないから通行人を消す必要がない。

―― テーマソングもどこかで聞いたことがあるような、いかにも昭和のヒーロー番組っぽい曲です。

半田 サプライザーで唯一こだわっているのが音楽。最近は歌詞も僕が自分で書いています。毎回変わる主題歌がサプライザーの押しです。ぜいたくなんですよ。

 さっきも言った通り、何でも作るためには動機がほしいんです。だから“サプライザーがあるから曲が増えていく”って僕としては都合が良くて、音楽作品の玉数が増えることは誇らしい。ちょっとしたBGMも作ってるから気が付けば「サプライザー音楽全集」で1枚アルバムが作れちゃう。でもまだ増えるだろうな。

―― 次回の予定は?

半田 僕から言わせると今の東京は再開発がひどいので、撮る場所はいっぱいあります。しばらくやっていなかったからまた撮ろうかなんて話はしてるんですけど、夏はおっくうなんですよね。暑くてしんどい(笑)。「革ジャンやだな」みたいなね。ディレクターと決めているのが体調優先。しんどかったらやらない。無理してやる必要はどこにもない。ペースを決めちゃうと重圧で面白くなくなっちゃうし、決まりを作らないことが続くコツですね。

 訴求力のないコンテンツだなとは思います。中には「何でもっと伸びないんだろう」みたいなことをコメントしてくれる人もいますけど、やっぱりYouTubeには売れるためのメソッドがある。僕もどうやったらバズるか聞いたことがあって、およそ全部やりたくないことだし自分には無理だと思いました。YouTuberの皆さんはすごい。だから僕は見る専門で、プレミア会員です。

●誰だってヒーローになれる 「僕はげたを履かしてもらってます」

―― 人生100年と考えたらまだ前半。これをやっていきたいという目標や夢はありますか?

半田 みんな口をそろえて「目標を持ちましょう」「夢を持ちましょう」と言うけれど、何かに影響された変な教育概念だと思います。否定するわけではなく、人による。目標があるからこそ伸びる人もいれば、目標が重圧になる人もいる。夢があるから俺は生きていけるんだって人もいれば、夢がない人もいるし、ないからこそ俺は欲をかかずにやれるんだって人もいるかもしれないでしょう。

 「555」では“夢”が1つの大きなテーマになっていて、乾巧は「俺には夢がない」と言っています。当時はそのせりふの意味が分かっているようでいなかった。実感がなかったというか「夢がそんなに大事なのか?」と。

 僕のじゃないけど「555」には「夢ってのは呪いと同じなんだ」って有名なせりふ(※海堂のせりふ、第8話に登場)もあります。これは脚本の井上(敏樹)先生が生み出した名せりふで、まさにその通り、夢は呪縛になり得る。こだわっちゃうとそこから抜けられなくなっちゃう。

 僕に大きな夢はないけど、自分に正直に生きたい。偉業を成し遂げたいとかはないです。ただ自分に正直に、自分と深く縁を持った人にはありがとうと言いたい。当たり前のことですけどね。使い古された言葉かもしれないけど、これができてる人って少ないと思うんです。嫌なものは嫌って言う、逆にダメと否定されても性に合えばやってみたいいんじゃないかな。ちゃんと人に感謝できて、人を恨むことなく一生正直にやっていけるって、実は大金持ちになるとか偉業を残すとかよりも大切なことなんじゃないかなと僕は思います。

―― “仮面ライダー俳優”という肩書は一生絶対についてくるものだと思いますか?

半田 いいんじゃないですか。ヒーローって応援する人みたいな見方をされることもあるから、僕なんかに応援されて本当に励みになるのか? と思うけど、それも含めてファイズを演じることが人生の役割の1つだったならば僕は否定しません。

 分かっていますよ。音楽は好きですし、僕の主体性が強く反映されているジャンルの仕事ですが、世の中は半田健人の音楽よりも、半田健人ファイズを待ち望んでいる。それは光栄です。自由に音楽をやれてるのも「555」があるからのこそだと思うし全然気にしていません。

 “ライダー俳優”の肩書に関しては先輩方も、後輩も含めていろんな解釈があると思います。皆さんいろんなことを仰ってますが、かくいう藤岡弘、先輩ですら一時期はよりハードボイルドな本格派アクション俳優を目指して変身ポーズすら封印された時期があったと聞きます。ところが藤岡先輩もある時期を境にそうではない生き方をされてますし、みんなそうなんじゃないかな。

―― 後輩の話が出ましたが、今のライダーはご覧になっていますか?

半田 いや、それが全く見ていないです。チラッと断片的に見た作品はありますけど、作品全体としては「555」以外は全部見ていないです。

―― では例えばライダーのOBとして、これからの仮面ライダーや、後輩ライダーにこうあってほしいとかそういう思いもない?

半田 全然ないです。言う資格がないし。ただ、「555」に関しては言う。実は今度の映画の台本が届いたときに、あるシーンがすごく引っ掛かったんです。変な話半田健人としては別に良かった。役者としてやれるかやれないかと言えばやれます。でも「555」を20年間背負ってきた人間からするとダメ。

 それから20年を経てようやく客観視できるようになったという話をしましたが、ある意味ではようやく皆さんと同じファン目線で「555」を見たときに、これは許されない、断じて容認できないぞ、と思った。

―― なかなか面白い視点ですね。

半田 そう。これに関して僕は監督とプロデューサーに直談判してシーンを差し替えました。別に喧嘩していないですけど(笑)、第1戦はねじ伏せられたんです。監督たちが「半田くんの言うことも分かるんだけど、こっちには意図があり心配には及ばない」「心配してるようなことにはしないから、こっちもプロだから」と言われたんですけど、やはり納得できずに「もう1回時間ください!」って。

 そのシーンは芳賀さんも関わる場面で、僕と芳賀さんは共通の意識を持っていて、「どう思う?」と聞いたら「ないよね」「これはもうわれわれが立ち上がるしか阻止できないよね」と第2戦へ。2人で監督やプロデューサーに会いに行って、そのときに僕が言ったのはこんな趣旨の内容です。

 「プロデューサーにしても監督にしても、皆さんは平成ライダーというものを他の作品も撮っておられるし、作っておられましたよね。だから良くも悪くも『555』はワンオブゼムだと思うんです。でも僕らにとっては『555』がたった1つの仮面ライダーなんです」

 「はっきり言えば、僕は皆さんよりも『555』を背負ってます。僕は人生に『仮面ライダー555』を背負ってます。そういう人間には『555』を守る権利があると思うんです。いくら生みの親であっても、いってみたら育ての親は俺だ。あなた方は産んだかもしれない。だけど育てたのは俺、俺とファンだ。であればその育ての親から見たときに、これはアカンと言う権利がある。もっといえば義務がある」

 こんなことしたのは初めてでしたよ。今までも「ん?」と思うことは多々ありましたが、小僧だったしそこまでの体力がなかったのか、愛情がまだ芽生えていなかったのか、それを口にすることはありませんでした。20年の年月が自然とそういう気持ちになれるまでさせたんだと思います。「555」だけじゃなくて会ってきた人から学んだこととか、していただいたことで人間が形成されていく中で、トータルでそういう感覚の持ち主になれたのだと思います。

 これからの40代が楽しみです。身構え方がここ最近でちょっと変わって、そうすると捉え方も変わる。同じボールを投げられても足腰しっかり踏ん張っていればより多くの球を受けられるし、見えている範囲も変わってくる。これから40代に向けていろいろ楽しみです。具体的には何もないですけどね。

―― この20年のスパンを振り返って、出会いやターニングポイントといった考え方が変化する具体的なきっかけはあったのでしょうか?

半田 よく成功者のドキュメンタリーでは「あのときこれが~」ってありますけど、僕は日々の全てがポイントで、見方を変えるとポイントなんて1個もないと考えています。全部が流れるように続いてるんですよ。

 普通の高校生だった僕がある日突然仮面ライダーとして世に出た。ここは分かりやすいポイント。でもそこから芸能人生が始まり今日までずっと続いているわけで、話としては盛り上がりに欠けますが自分でこの出来事が劇的に人生を変えたと思えるようなことはないんです。

―― 「俳優をやりたい」「音楽をやりたい」という活動指針も、そのタイミングでやりたいことをやるみたいなスタンスでしょうか?

半田 音楽に関しては主体的に動くもの。俳優は受動。あまりスピリチュアルな例えはしたくないんだけど、口に出したらかなったことが何度かあった。科学的に解釈するのなら人生って毎日が選択だから、脳裏にあるやりたいことへ近い方を選んでいくんでしょうね。

 先日、2月に亡くなった東映の手塚治社長をしのぶ会があって、僕も顔を出したんですけど、そこで内藤剛志さんと久しぶりにお会いしました。それこそ「555」の翌年に出演した「科捜研の女」からたびたびお世話になった大好きな先輩で、役者としても、人間としてもすごく尊敬しています。そこで「またなんかやりたいね」なんて話をして、内藤さんとはまた仕事したいって気持ちになったのでもしかしたらかなうかもしれない。

―― 半田さんにとってヒーローはいますか? ヒーロー番組はあまり見ていらっしゃらなかったという話をいろんなところでされていますが。

半田 いっぱいいますよ。要するに憧れの人でしょ。俳優なら(アーノルド・)シュワルツェネッガーさんが好きです。アクション俳優の鑑じゃないですか。僕はアクションしない男で、体もきゃしゃだし自分と逆すぎて、だからああなりたいわけじゃない。なれないから好きなんです。だってどの世界でもシュワルツェネッガーさんに勝った男はいないんですよ。どの映画でも、必ず最後にシュワは勝つ。子どものころから大好きです。

―― 逆に半田さんを私のヒーローとして見ている方がいるとしたら、どんなメッセージを送りたいですか?

半田 実はよく分からないんです。ファンイベントなんかでそれこそ乾巧に憧れている人がベルトを巻いてくれたり変身ポーズを見せてくれたりする。本当にありがたいことだけど、半田健人として言えることは申し訳ないけど何もないかな。乾巧を通して感じ取っていただくのは皆さんの自由です。

―― では半田さんが考えるヒーローはどういうものになりますか?

半田 人それぞれ。正義って立場によるものだから、一概には言えない。裏社会の人たちからしたら悪の組長がヒーローなわけじゃないですか。

 けど「この人見てりゃ今日も一日元気に、笑顔になれるな」「力出たな」って思える人がヒーローなんじゃないかな。僕だったら女性でもいいと思うんですよ。この人のこと思うと気持ちが晴れる、“ほれてる女”ってそういう存在でしょう。僕にとっては最大のヒーローです。

 ヒーローっていろんな要素がある。救ってくれたり守ってくれたり、あとは光だったり希望なわけですよね。それが時に恋人でも、母親でも、父親でもいいし別にマントをつけてムキムキである必要はない。シュワルツェネッガーさんやスーパーマンでなくても身近なところにヒーローはいくらでもいると思う。

―― すごくすてきな考えです。

半田 例えば道を歩いていて車からひかれそうになったとき「危ない!」って守ってくれた人がいたとしたらその人はヒーローでしょう。それが仮にさえないおっさんだったとしても。身近な人も、僕みたいに役として仮面ライダーを演じた人間も、ヒーローになり得る確率としてはそう変わらない。僕はげたを履かしてもらってます。“仮面ライダー”という立派なげたのおかげです。

20230726-00000053-it_nlab-000-1-view
半田健人さん

(出典 news.nicovideo.jp)

<このニュースへのネットの反応>

続きを読む

続きを見る

芸能カテゴリの最新記事