いまの政府がイヤならみんなで「ノー」をつきつければいい…アメリカやイギリスで政権交代が起きやすいワケ 

いまの政府がイヤならみんなで「ノー」をつきつければいい…アメリカやイギリスで政権交代が起きやすいワケ 

いまの政府がイヤならみんなで「ノー」をつきつければいい…アメリカやイギリスで政権交代が起きやすいワケ 

「ノー」をつきつけることができるというのは、とても自由な国である証拠。
しかし、それだけで政治が変わるわけではない。
私たち自身がもっと積極的に行動し、意見を出し合い、変革を起こすことが必要。

古典から何を学ぶことができるのか。立命館アジア太平洋大学学長の出口治明さんは「ロックの『市民政府論』を読めば、政府は自分たちで作るものだとわかる。当時の常識にとらわれないロックの理論は、現代にも十分通用する内容だ」という――。

※本稿は、出口治明『ぼくは古典を読み続ける珠玉の5冊を堪能する』(光文社)の一部を再編集したものです。

■政府と市民の関係はどうあるべきか

ジョンロック1632~1704年)は、政府と市民の関係はどうあるべきかを考えた人です。現在の自由主義、民主主義の根本の理論をつくった人だと位置づけされています。彼は、「政府をつくるのは市民の権利を守るためなのだから、市民にとって望ましくないことをする政府は、市民が交代させることができる」としました。

当時のヨーロッパには「王の支配権は、神から授かったものだから絶対であり、市民は王に逆らうことはできない」という王権神授説が存在していたのです。

キリスト教の神とアダムの関係と同じように、父親は子どもを支配し、子どもは父親に従うものとされていましたから、王と市民の関係もそれと同じだと。この考え方にもとづけば、市民にとって王は絶対的な存在で、どんな命令をされても従うより仕方がないということになります。

ところがロックは、王が市民に利益をもたらす方向に傾いているのか、それとも損害をもたらす方向に傾いているのかよくよく確かめなさいよ、と述べます。そして損害をもたらす方向に傾いていると判断したら、訴えていいんですよ、と続けました。

■ロックの理論は現代にも十分通用する

この本ではこうした考えをまず父権の説明から始めます。親が子どもを支配するのは、自然なことではない。子どもは誰かが保護しないと生きていけないのだから世話をするのは当然で、子どもに対する権力は、子どもの世話をする義務から生まれているのであって、絶対的なものではないと述べるんです。

さらに十分に世話をしない親は、その権力を失う、とします。王や政府と、市民との関係も同様で、王や政府は市民の自由や財産、生命を守るために存在するのだから、そのために働いてくれないなら取り替えていい、というわけです。当時、ロックの思想がいかに新しかったかわかるでしょうか。

日本では、昭和の時代になっても王権神授説に近い考え方をしていました。戦前、国民は天皇の赤子であると言われていたんです。赤子とは、子どもという意味で、天皇が天子ですから、天皇は、市民にとって絶対的な存在でした。

ロックが17世紀に喝破した思想を、日本は20世紀になっても肯定していたんです。戦後、この考えは否定されましたが、今日にいたっても、日本の一部の人たちが抱く家族観はロックの理論に追いついていないと感じることがあります。

ちなみにこの本でロックは父権という言葉を使っていますが、父親の権利と母親の権利は同等だということもはっきり書いています。あの時代に男女は同権だと言っていることからもロックは常識にとらわれない、常識を疑う力の強い人だということがわかりますロックの理論は、現代にも十分通用する内容です。

■人民が王に抵抗するイングランド

ロックの理論が生まれた時代背景を説明しましょう。イングランドは議会の母国です。13世紀から議会があり、15世紀には下院議員を選挙で選ぶようになりました。ロックの理論が生まれる前から、市民の間には、いい人を選べば国を変えることができるという考え方があったんです。

ところが1603年に、スコットランドの王で王権神授説を信奉していたジェームズ6世がイングランドジェームズ1世として即位して、議会を無視して勝手に税金を上げ、続く息子のチャールズ1世も王権神授説を信奉し議会と対立しました。絶対王政を信奉する王と、議会政治を進めてきたイングランドの人たちがうまくいくわけがありません。

そして三王国戦争(ピューリタン革命)が起きてクロムウェルが率いた議会派が勝利をおさめ、チャールズ一世は処刑されるのです。三王国戦争は、日本ではクロムウェルがピューリタン(清教徒)だったことからピューリタン革命と呼ばれていますが、議会派にはピューリタン以外もいましたし、連合王国では、三王国(イングランドスコットランドアイルランド)戦争と呼ばれていますから、ここではその呼び方をします。

この三王国戦争の後、1649年にイングランドは共和国となりクロムウェルを護国卿とするのですが、彼の死後、共和政は維持できませんでした。

■名誉革命の正当性を理論的に裏付けた

そこで1660年に王政復古して、チャールズ1世の息子がチャールズ2世として即位します。ところが、チャールズ2世の跡を継いだ弟のジェームズ2世が王権神授説の熱烈な信奉者で、やっぱり議会とうまくいかない。議会はジェームズ2世を追放して、ネーデルラントに嫁いでいたジェームズ2世の娘のメアリーと、その夫オラニエ公ウィレム3世を招聘し王位につけました。これが名誉革命(1688~1689年)です。

チャールズ1世を処刑しても社会はいい方向に進まなかったことをイングランドの人たちは記憶していましたから、このときは王を処刑しませんでした。血を流すことなく行われた革命なので、無血革命と呼ばれることもあります。

『市民政府論』が出版されたのは、名誉革命の翌年です。ロックの理論は、名誉革命の正当性を理論的に裏付けました。先に述べたようにロックは次のように説きます。「親に世話をしてもらいながら大きくなるから、親に従うことが習慣になっている。だから王に従うことにも疑問をもたない。

この王様はとんでもないと思っても、やっぱり王様なんだから自分たちが我慢したほうがいいと諦めてしまう」と。だけどロックは、諦める必要はないと丁寧にロジックを紡ぎました。

■ルソーへと引き継がれ、フランス革命につながる

ロックは非常に頭のいい人で、文章の書き方にもそれが表れています。この本のページをめくるとわかるのですが、段落ごとに1、2と番号を振りながら、理論を展開するのです。しかも大事なことは何回も繰り返しますから、内容がしっかりと頭に入ります。ロックは、自分で書いたことが過激すぎた、ちょっと言いすぎたと思ったら、そのあとで丸くしたり、やわらかくしたりするなどの工夫もしています。

たとえば、市民にとって望ましくない王や政府はいつでも取り替えていいと主張したあとに、反抗していいのは、不正、不法な暴力を働いたときだけですよ、という注釈を加えます。なんでもかんでも文句を言っていいわけではない。ちょっとくらいは目をつぶってあげなさい、と。とてもチャーミングな人なんです。そういう読み方ができるのもこの本の面白いところでしょう。

ロックの時代の前後には、政治学や国家論、人間の自由や民主主義、憲法のことなど、さまざまなことが議論されています。ロックの思想はルソーへと引き継がれ、形となったのがフランス革命です。ルソーは『社会契約論』を書き、主権は人民にあることを繰り返し述べます。人間は理論がないと行動することができない。腹落ちして初めて動くんです。

■「自由主義の父」「民主主義の父」と言われる理由

ロックの思想は、さらに1804年にナポレオンが公布したフランス民法典(ナポレオン法典)にもつながっていきます。フランス民法典の肝は、所有権を明記したことです。ロックもこの本のなかで所有権について書いていますが、法律で初めて所有権を明文化したのはフランス民法典です。所有権が認められたことで、資本主義経済が機能するようになりました。

先に少し触れたネーションステート、国民国家という概念が生まれたのもこの時期です。それまではフランスの人たちは自分たちのことをフランス人だとは思っていませんでした。フランス国家という概念もなく、せいぜい「○○家の領地」「○○公爵の領地」という認識しかもっていなかったのです。わかりやすく言えば、「想像の共同体」ですね。

ロックが唱えた自由と財産、生命を守るための仕組みは、フランス革命を経て、自由と民主主義を基本として個人の財産権を認めるようになり、ネーションステートが成立し、1848年に起きたヨーロッパ革命で制度としてほぼ完成しました。その枠組を今の近代国家はすべて使っています。だからロックは「自由主義の父」「民主主義の父」と言われるようになったのです。

■みんなで選挙に行って、ノーをつきつければいい

連合王国やアメリカは、ロックの考えをもとにして国家をつくっていますから、今でも「自分たちの言うことを聞かない政府は次の選挙で入れ替えればいい」という考えが強く残っています。

ところが日本では、政府が市民に対立する強い権力組織のように考えられているようです。日本のメディアもそのように報じることがよくあります。国家権力に抵抗するためにデモをする、というのは国家の権力が強大なものと考えているからです。これは、ホッブズの考え方に近いとわかりますね。

ロックの社会契約説の基本的な考え方では、人間は自由であり、政府は自分たちがつくるもので、今の政府がイヤならみんなで選挙に行って、ノーをつきつければいい。これがまさに民主主義の考え方です。

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出口 治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業後、日本生命保険に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年、ネットライフ企画(現・ライフネット生命)を設立し、社長に就任。2012年に上場。2018年より現職。読んだ本は1万冊超。主な著書に『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『全世界史』(上・下、新潮文庫)、『一気読み世界史』(日経BP)、『自分の頭で考える日本の論点』(幻冬舎新書)、『教養は児童書で学べ』(光文社新書)、『人類5000年史』(I~IV、ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義シリーズ(文春文庫)、『日本の伸びしろ』(文春新書)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『復活への底力』(講談社現代新書)、『「捨てる」思考法』(毎日新聞出版)など多数。

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※写真はイメージです – 写真=iStock.com/Sergey Tinyakov

(出典 news.nicovideo.jp)

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